「金沢」という地名発祥の場

「郷に入っては郷に従うまえにご挨拶。」

根が真面目で信心深い私は、どうも人生を律儀に送ってきた。

謹厳なドイツ人の父から流れる血がそうさせるか否かは定かではないが、とりわけ挨拶やお礼といったことには全うな筋を通したいタイプ。


そのため、金沢を語らせていただく立場となった今、どうしても挨拶をせねばならぬ場所があると鼻息荒く向かった先がある。「金沢」の地名由来にもなった「金城霊澤」だ。


兼六園と石浦神社の間にある、ゆるやかなSカーブが続く広坂をのぼり、金沢神社を目指す。幾重にも重なる石垣と辰巳用水のせせらぎに凛とした風情を感じる。余談になってしまうが、この広坂と反対側、兼六園の北側に尻垂坂(しりたれざか)という坂がある。広坂の頂上と同地点に合流する坂ではあるが、アラフォー女子にとってこの坂のネーミングはあまりにも皮肉だ。敢えてそっちは通らないと決めている。加賀歴代藩主が長い歳月をかけて完成させた大名庭園の計り知れない迫力と繊細さのなかに佇み、そんな邪念がよぎる自分のちっぽけさにただただ呆れてしまう。

話をもとに戻す。金沢神社に到着したそこは「パワースポット」という心トキメクワードを彷彿させるコンテンツに溢れている。樹齢の永い神木の木漏れ日、オオルリやルビキタキといった青い羽をもつ野鳥の舞、金城池に揺れる黄菖蒲の葉、これでもかと言わんばかりの自然界の躍動がちっぽけな私に叱咤激励のごとくほとばしる。

目的地に向かう直前に思わぬ洗礼を受けてしまったものだ。どうやら「金城霊澤」に踏み入る前には邪念や我欲に気付きを与えるルートが確立しているらしい。

警策で肩を打たれたような面持ちで、歩はじめるとついに目前に現れた「金城霊澤」さま。これ以上になく神々しく見えてしまうのは、私が前述した洗礼を受けたからに他ならない。


かつて「金城霊澤」がまだ自然の沢だったころ、藤五郎(とうごろう)という百姓がこの沢で砂金のついた山芋を洗ったとされることから、“金洗いの沢”と呼ばれるようになり、いつしか「金沢」という地名になったそうだ。藤五郎は貧しい人にこの砂金を与え、みんなが幸せになったという言い伝えもある。そのことから、金運のご利益を期待した人の参拝が後を絶たない場所となっている。

金沢の人に幸せを与えたのが藤五郎なら、金沢のまちに面白さを与えるのがこのweb magazine「とことこ金沢」になりますように・・・くたばりきれていなかった我欲をこんな神聖な場で復活させてしまった自分にまた呆れる。

いや、これは我欲ではなく藤五郎からのバトンを受け取ったのかもしれない。半ば、妄想癖が行き過ぎた自分に苦笑いしながらも「金城霊澤」に頭を下げ念願だったご挨拶を済ませる。

芋掘り藤五郎さま、あなたの行動が地名の発祥となったここ「金沢」をもっと面白いまちにいたしましょう。

とことこ金沢 Kanazawa Local Network Magazine

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